「全部は無理」と、どこかで思っていた。
キャリアを続けたいなら、家事や育児の負担を引き受けてくれる人でないと無理。
子供を育てたいなら、仕事をセーブする時期が来るかもしれない。
そうなると経済的にも不安になる。
だから、よほどの経済力があって、家庭的で、価値観も合う人でないと結婚に踏み出せない。
でも、そんな人はなかなかいない。
だから動けない。
この「動けない」状態が続いているとき、問題は相手の条件ではなく、
「全部は無理」という前提そのものにあるかもしれない。
「全部は無理」は、どこから来たのか
「キャリアと結婚の両立は難しい」
「子供ができたら仕事はセーブしなければ」
この感覚は、自分の経験から来ていることは少ない。
多くの場合、母親の生き方を見てきたことが大きく影響している。
母親世代は、結婚や出産を機に仕事を辞めた人が多かった。
家庭を優先することが当然とされていた時代だった。
その姿を「結婚とはこういうもの」として見てきた私たちは、知らず知らずのうちにそれを「見本」にしてしまっている。
でも、一世代前と今では状況が違う。
働き方も、使えるサービスも、パートナーシップの形も、まったく違う時代になっている。
母親世代の「無理」は、今の自分の「無理」ではないかもしれない。
「全部欲しい」は、わがままじゃない
キャリアも、恋愛も、子供も、自分らしい生活も。
全部欲しいと思っていい。
これはわがままではない。
ただ、「全部欲しい」と「全部は無理」が同時に存在しているとき、人は動けなくなる。
その「無理」という前提を、一度疑ってみることが最初の一歩になる。
解決策は「完璧な相手を探す」ことではない
「全部手に入れるために、すべてを叶えてくれる男性を探す」
こういう方向に行きやすい。
でも、これには限界がある。
経済力があって家庭的で価値観も合う人は確かに存在する。
でも条件として探すと、出会いの入り口が極端に狭くなる。
そして出会えたとしても、相手の存在に依存する形の関係になりやすい。
「この人がいれば全部うまくいく」という関係は、思っているより脆い。
本当に必要なのは、完璧な相手ではなく、一緒に考えられるパートナーだ。
徹底的な価値観の話し合いが、すべての土台になる
キャリアも家庭も諦めずに両立している人たちに共通していることがある。
付き合う段階、あるいは結婚を考える段階で、
お互いの価値観を徹底的に話し合っていることだ。
・私はキャリアを続けたい
・子供ができたときの家事育児の分担はどうするか
・仕事と家庭、どちらを優先すべきときの判断基準
・お互いの親との関係
これを「いつかそのときに考えればいい」と後回しにするほど、後から「こんなはずじゃなかった」になりやすい。
話し合いは、相手を試すためでも条件を突きつけるためでもない。
「自分はどうしたいか」を整理して、相手と共有するためだ。
アウトソーシングを遠慮なく使う
「全部は無理」という思い込みのもう一つの原因が、
「全部自分でやらなければ」という前提だ。
家事は自分でやるべき。
育児は母親が中心であるべき。
こういう「べき」が積み重なると、両立は本当に無理になる。
でも今は、使えるサービスが増えている。
家事代行、食材宅配、保育サービス、ベビーシッター。
アウトソーシングは手抜きではない。
自分の時間とエネルギーを、本当に大切なことに使うための選択だ。
「諦める」前提を手放した先にあるもの
「結婚したら何かを諦める」という前提を手放すと、求めるものが変わる。
「すべてを叶えてくれる人」ではなく、
「一緒に考えて、一緒に作っていける人」を探すようになる。
その視点で人を見ると、出会いの見え方が変わる。
条件のチェックリストではなく、
「この人とは話し合いができるか」
「この人は自分の価値観を尊重してくれるか」
という感覚で相手を見られるようになる。
全部欲しいと思っていい。
ただ、全部を相手の条件に乗せて探すより、
自分がどう生きたいかを明確にして、一緒に考えられる人を探す方が、ずっと現実的で、可能性も広がる。
「全部は無理」は、前の時代の話かもしれない。
自分の本音を知って、話し合えるパートナーと、使えるものを使いながら作っていく。
それが今の時代の両立だ。







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